福岡市小1男児殺人事件
読売新聞 - 09月22日
弘輝君が見つかった支柱のすき間(右側)と殺害された身体障害者用トイレ(左奥)の間には献花台が設けられた=秋月正樹撮影
男児を殺害したのは、母親だった。福岡市西区の小戸(おど)公園で近くの市立内浜小1年、富石弘輝(こうき)君(6)が殺害された事件で22日、母親の薫容疑者(35)が逮捕された。「病気を抱え、自分の将来を悲観した」と供述しているという薫容疑者。息子の捜索を依頼した母親が逮捕されたことに、住民や保護者には動揺が広がった。
「息子がいなくなったんです」。薫容疑者は18日午後、弘輝君を最初に発見した男性(62)が公園のトイレから約100メートル離れたベンチにいる時、そう涙声で話しかけてきたという。
散歩から帰ろうとしていて捜索に加わった近くの会社員女性(45)がベンチで背中をさすっていると、薫容疑者は携帯電話で家族に電話し、「何が起きたか分からないけど、すぐ来て」と叫んでいた。
その後、「GPS(全地球測位システム)の反応が、山から出ました」と叫ぶ薫容疑者。持っていた携帯電話の画面に、弘輝君の携帯電話の位置を示す赤い印が現れたという。
弘輝君がトイレ裏側の外壁と、外側の支柱のすき間(約50センチ)で見つかったのは午後4時過ぎ。第一発見者の男性が「おーい」と大声で周囲に知らせると、薫容疑者は「なんですか」とトイレに近寄ってきた。しかし、男性が「ショックを受ける」と思いとっさに制止すると、振り切っては行こうとしなかったという。
事件翌日の19日、薫容疑者は福岡市内の斎場で行われた通夜に車いすに乗って参列した。参列者によると、親族から「犯人を殺してやりたい」との声が上がると、うめくような声で悲鳴を上げ自らのひざに突っ伏したという。
20日の告別式後に小さなひつぎが斎場を出る際は、黒いTシャツ姿でほほえむ弘輝君の遺影を抱えたまま号泣し、知人らに抱えられて、崩れるように霊きゅう車に乗り込んでいた。
弘輝君が通っていた内浜小では22日、田崎賢吾校長が記者会見し、「弘輝君が一番信頼していたのは母親。信じられない。こんな悲しいことはない」と語った。
薫容疑者が自分の病気を苦にしていたと警察に供述したことについては「そこまで悩んでいたとは見受けられなかった」と話した。
同小1年の息子を持つ女性(32)は「同じ母親として理解しがたい。信じていた母親に手をかけられたときの弘輝君の気持ちを考えると、いたたまれない。他人には考えが及ばない心の闇があったのか」と途切れがちに話した。
15日の「敬老の日」に、弘輝君からお祝いの絵手紙をもらった福岡市西区の中村重男さん(72)は「最悪の結末。どんな事情があっても、わが子を手にかけることは許されない。殺す気になれば、どんなことでも出来たはず」と憤った。絵手紙は、初七日が明けたら形見として薫容疑者に渡そうと思っていた。「弘輝君は10月の運動会でリレーに出るのを楽しみにしていた。かわいそうでたまらない」と言葉を詰まらせた。
小戸公園に設置された献花台にお茶を供えた会社員男性(60)は「子どもを守るべき母親の犯行とは……。理解できない」と顔を曇らせた。お菓子を供えた近くに住む主婦(63)は「地域の人に相談すれば助けられたかもしれないのに」と声を落とした。
かつて、広島でも自閉症の子供を2人殺害した事件が起きた。
その時は、テレビでは自閉症といい
新聞では「育児で悩んでいた」とあった。
今回は特別支援学級に通っていたという報道であったが、
具体的な障害名は上げられていない。
辛うじて子供の動きが激しくて悩んでいたと言う事だけが言われていた。
それに対してテレビの出演者は
「子供にはよくあること」「元気があって喜ばしい事」
と発言していた。
特別支援教室に通っていた事を考慮した発言ではない。
特別支援学級に通い動きが激しく集中力に欠けているならば
注意欠陥多動性症候群の可能性が想定される。
だとしたら、体がままならない母親にとって
精神的にも、身体的にも大きく負担であったはず。
しかも、ヘルパーさんなどを利用していた証言も無い。
と言う事は自身が病を持ちながら全てを抱え込んでいたのではないか。
>「地域の人に相談すれば助けられたかもしれないのに」
そいう声もあるが、母親の悩みに対して答えていなかったから起きた事件ではないだろうか。
私にも覚えがある。
娘の障害を近所の方に話した時、
「これくらい大丈夫よ」
「何言っているの、普通よ」
と言って聞き流された。
発達障害を知らないから、そこに障害があり生活に支障が出ていることが理解されない。
これが、親の精神にどれ程負担を与え、いかに辛い事か
取り残される親の気持ちは同じの立場の人にしかなかなか理解されない。
母親を責める声は多い。
だが、父親を含む周囲は理解していたのだろうか。
支援は受けられたのだろうか。
障害が軽い場合、たとえ特別支援教室に通っていていても
手帳を持つ事は出来ない。
手帳が無くては支援は受けられない。
発達障害は法律で障害と認められているが
知的、身体、精神のいずれかに該当しなければ手帳は取得できない。
場合によっては手帳と言うものが申請しなくては得られない事を知らない人もいる。
障害が軽いと言われるとたいした事ではないととらえがちだが、
障害そのものが重い場合、
重い障害の中で軽いとらえた時
それは本当に軽い障害といえるのか?
社会での生きづらさ考えた時
発達障害は障害の中でも重いものになる。
にも関わらず社会的理解は無く、
支援も無い。
母親は養護される権利はない。
だが、何ゆえにそこに至ったのか検証しなくては
またこの悲劇が繰りかえしてしまう。
いかにすればこの悲劇が防げたのかを検証してほしい。