January 05, 2009

子供達の欲しいもの

基本的に欲しいものはゲームだ。
そういう風に、欲しいものが分るようになったのはつい最近だ。
これまではこちらが欲しそうな物を選んでいた。

クリスマスに各自欲しいものを言って来たので、
今回、お年玉を貰って好きなものを買うように言った。

最初は2千円だったので
かなり制限があった。

娘は何が買えるのか分らないらしく
お店に行ってもこれは買えるのか聞いて来る。
一方息子は値段がある程度分かるらしく、
買えないものばかりと判断していた。


さて、お年玉が貯まって来ると事情は変わる。


娘は買えるけど何を買っていいのか分らない。
「これ欲しい?」
と聞いて来る。
自分の欲しいものが捜せないらしい。
今買わなくてもいいから、
欲しいものをゆっくり捜していく方に話をしていった。

一方、息子。
5千円貯まった時点で
目指すはマリオカートwii。
足りない220円分を補てんしてもらいゲット!
喜びいっぱいだった。


娘は分かっているようで、
分からない事が多い。
それが自分の事でも判断が出来ない。

息子は一方的な部分が多いが、
どうしたいかがはっきりとしている。

しかしながら、話しかけた時
しっかり対応できるのは娘で
対応が曖昧でも通じているのは息子の方だ。

見た感じだけでは分らない
発達障害の難しさが如実に現れている。

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December 31, 2008

一年の終わりに寄せて

今年もいろいろな事があった。
娘の中学入学、息子の失踪。
それぞれの学校行事と今年もめまぐるしかった。

そして、社会もめまぐるしかった。
オリンピックや通り魔事件、障害者がらみの事件や
リーマン・ブラザーズの破綻をきっかけに起きた世界的不況。

今、こうして暖かい部屋でパソコンに向かえる事が
恵まれていると思う。

旦那さんの会社も不安定な状態だ。
正直、何があってもおかしくない。
まだまだ心配は尽きないが、
今は年を越せる事を感謝して
ゆっくりと過ごそうと思う。

願わくば来年は働きたい人が安心して働けて、
安心して生活できる年になって欲しい。

新たな年がよい年でありますように。

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December 21, 2008

来年度の特別支援学校

今のところ、
小学部は18人の見込み。
中学部は30人程度。
娘の入学時は27人だったので来年度は一割増と予想される。

さて、問題は高等部だ。
申し込みは56人。
商業科に入れれば人数が減るので
最終的には50人前後の見込みのようだ。

確実に人数が増えており、
対応も難しくなっている。

何より、ハードが付いていけていない。
基本的な教室が足りないのだ。
生徒で満杯の教室。
足りない教員。

更に、ただでさえ困難を抱えた子供達が
通常よりも難しい通学を強いられる。

そうなるとスクールバスが必要になるが
その対応も難しい。
今年度バスが大型化されたそうだが
バスそのものは委託業務で専門の補助員さんがいるわけではなく
利用者が多くなれば年齢の高い順から
自主通学が進められる。

確かに必要なことではあるが、
簡単なことではない。

来年度の学校側の対応がどうなるか。
今後が問われる。

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December 11, 2008

東金市の事件

近所の21歳男逮捕=死体遺棄の疑い、東金女児死亡-レジ袋の指紋一致・千葉県警
12月6日14時57分配信 時事通信


 千葉県東金市の路上で9月、同市の保育園児成田幸満ちゃん(5つ)の遺体が見つかった事件で、県警東金署捜査本部は6日、死体遺棄容疑で、現場近くのマンションに住む勝木諒容疑者(21)を逮捕した。調べに対し、「女の子の靴と衣類をビニール袋に入れ、窓から投げた。裸の女の子を抱え、マンション入り口から出て、(現場付近に)置いた」と容疑を認め、「怖かったから」と供述したという。
 「部屋に入ったら(女の子が)玄関にいた」「家の中でぐったりしていたので、びっくりした」とも話しているが、幸満ちゃんと出会った経緯など、詳細については「思い出せない」としている。
 幸満ちゃんは殺害されたとみられ、捜査本部は死亡の経緯についても事情を知っている可能性があるとみて調べる。
 調べによると、勝木容疑者は9月21日午前11時すぎから午後零時26分ごろまでの間、同市東上宿の資材置き場前の側溝付近に、幸満ちゃんの遺体を遺棄した疑い。
 司法解剖の結果では、幸満ちゃんは柔らかい布や手で口と鼻をふさがれるなどして、窒息死したとみられる。
 勝木容疑者が住むマンションの駐車場では、幸満ちゃんの着衣と靴が入ったレジ袋2つが置かれていた。靴が入ったレジ袋から検出された指紋を照合したところ、同容疑者のものと一致した。
 捜査本部は、幸満ちゃんが最後に目撃されてから遺体発見までの時間・場所が近接していることや、レジ袋が地元スーパーのものだったことなどから、犯人が現場周辺の居住者とみて捜査。女性に声を掛けるなど、不審な行動を取っていた同容疑者が浮上した。 

この事件の衝撃的だったのは容疑者が養護学校出身であり
その事実をどう取り上げるかで報道の姿勢も問われる。
闇雲に障害のみを取り上げるのは、
事件そのものを歪める可能性があるし、
障害者が容疑者だからっと言ってその報道を控えてしまっては
事件そのものが見えない。

だが、気になるのはこの事件によって起きる知的障害者に対する偏見だ。
実際、このニュースに対する日記を見ると
隔離すべきとか、産むべきではないとか、存在そのものを否定するものもある。

事件は起きた。
だが、この一件で全ての知的障害者を犯罪予備軍みたいな言い方をしていいわけがない。
むしろ、被害者になるケースもある。
だが、それはなかなか取り上げられない。


今回の事件、容疑者は知的障害者というのが明らかになっている。
だが、支援を受けていた形跡は無い。
なぜならば、障害が軽度の場合障害者手帳の取得は難しく
障害があっても軽いとみなされたら支援はなかなか受けられない。

福岡の小1男児殺害でもそうだった。
被告のした事は許されない。
だが、被害者の学校のために両親と同居していた家を越さなければならなかった。
両親と共に生活する家から通える学校があったならば、
事件は起きなかった可能性もある。

福岡の事件の時、どうして支援を求めなかったのか問うものも多かった。
だが、多動のみであった場合、療育手帳は受けられない。
それでは如何なる支援も受けられない。

軽度とされた場合、身体、知的、精神、そのいずれかに属さない限り障害者支援は受けられない。

発達障害者支援法が施行された発達障害者も
発達障害のみでは手帳は得られない。
医学的に重いとされている自閉症でも
知能が高い場合は軽い障害とみなされて支援は受けられない。

今回の容疑者は途中から仕事に行かなくなった。
この対応に会社と親だけでなく、
ジョブコーチなど障害者の就労支援の専門家が支援していたならば
就労が継続されて事件が起きなかったかも知れない。
ただの可能性だが、
絶対に無かったとは言えない。


してしまった犯罪に対して、
障害者という理由で情状酌量すべきではない。
だが、すべき支援を怠った場合、
その責任を行政にも問うべきだと思う。


障害者が関わる事件の多くに行政の至らなさが目に付く。
軽度の場合、支援が一切受けられない。

それなのに、1人で外に出すなとかいう意見もある。
成人した大人を誰が見張るの?
親が?
ならばどうやって生活すればいいの?
軽度は支援を受けられないのに?

障害者に接した事がないのだろう。
これも社会の歪みに違いない。
確実に存在している障害者が、
社会で働いている姿を目にする事はなかなかない。

この社会状況が障害者に対する偏見につながっているように思う。


この東金の事件で明らかになった僅かな情報で
容疑者の人間性、性格、嗜好を決め付けている向きがある。
しかし、本当のことは分らない。

そして気になったのが、『知的障害者は純粋ではない』と言った意見だ。
あたり前の事だと思う。
人としての要求があってあたり前だ。

確かに、障害児の親にはを純粋な子供と言う人も言うが
とても同意できない。
私は子供達に人として当然な生き方をして欲しい。
そこには憎しみや、性欲や、怒りが伴うだろう。

それを否定してはいけない。
だってそれこそが生きている人としてあたり前の事だから。


障害者を知る事の無い社会。
この事件の背景にはそれがあるように思う。

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December 05, 2008

介護の現場で起きた事件

ワイドショーで取り上げられていた事件がある。
長期にわたる介護の末に起きた事件だが、
その詳細は以下の通りである。

100歳父を殺害容疑で娘逮捕 介護疲れで心中図る、宮崎

 宮崎市の民家で昨年12月、無職斎藤正行さん=当時(100)=が刺殺された事件で、宮崎県警は19日、殺人の疑いで同居していた娘の無職佐藤智子容疑者(71)を逮捕した。佐藤容疑者は、斎藤さんの介護に疲れたとの趣旨の供述をしているといい、県警は無理心中を図ったとみて詳しく調べている。

 調べでは、佐藤容疑者は昨年12月24日午後2時ごろ、宮崎市吉村町中原の自宅で、斎藤さんの腹部などを包丁で刺し殺害した疑い。佐藤容疑者は自分の首や腕なども刺して重傷を負った。

 佐藤容疑者は夫と斎藤さんとの3人暮らし。帰宅した夫が、斎藤さんの寝室で2人が倒れているのを発見、通報した。

 入院していた佐藤容疑者が19日に退院したのにあわせて、県警が逮捕した。

2008/08/19 20:55 【共同通信】


この後、被告の減刑を求めた嘆願書が出されたそうだ。

いろいろ、意見はある。
私個人は、人を殺めてしまった以上それ相応の刑期が科せられるべきであると思う。
高齢者や障害者の介護が大変だからと言って、
介護を受ける側が殺されてもいいとか、殺されて仕方がないなどという理由にはならない。
生きる権利が一方的に奪われる事を許してはならない。

だが、この事件について気になったのはその介護期間の長さだ。
被告はその人生の半分を介護に費やしているという事だった。
ヘルパーなどの介入があったのだろうか?
自分の時間というものがあったのだろうか?

これ程の長期の介護の対して行政の対応は如何なるものだったのだろうか。

この国において、福祉は自己申告によって成立する。
待っているだけでは行政は何もしてくれない。
それを考えると、この事件が起きた家庭に福祉の支援があったのか疑問に感じる。

それは、被害者が施設に行くのを、直前になって被害者が拒否した事にもよる。

多くのヘルパーさんなどに接していたのならば、
他の対応が出来たのではないか。
少なくとも、人に委ねる事になれて居なかったと感じられる。

つまり、長期の介護に対して行政は積極的な支援をして来なかった結果が、この事件につながっている。
ならばこの事件が起きた責任の一旦は行政にあるはず。
個人の責任ではないと思う。

その上での減刑を強く望む。
そうしなくては、介護の現場が変わらない。

介助する人が複数いてあたり前、
家族が自分の時間を満喫してあたり前、
そうしなくては家庭が維持できない。

この事件が起きた背景と介護保険の問題点が検討されなければ
また同じような事件が起きてしまう可能性が高い。

判決そのもの気になるが、
その内容も気になる。

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November 25, 2008

会話と言葉

会話とは双方の意思の疎通が出来てこそ成立する。
一方的な言葉は会話ではない。

娘は会話でなく一方的な言葉であるある事が多い。
受け答えが出来るが、
会話ではない。

ともすると一方的にしゃべり続ける事もある。
そうなると、答えても意味は成さず、
会話おろか受け答えとしても成立はしない。

娘の最大の課題がここに来て明らかになった。

その根本にあるのは
基本的な会話の意味が把握できていない事にあると思う。
単にパターンでのやりとしかしていない事が
会話に発展しない原因ではないかと思う。

息子は適当な事を言っているが、
直接聞くとかなりの割合できちんと答えてくれる。
会話になるのが不思議だ。

会話とは量ではなく
適切なやり取りにある。

言葉の意味を把握した上で
やり取りが出来て会話になる。

それはとても難しく
更に意味深い事だ。

けっしてあたり前の事ではない。

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November 05, 2008

息子の視力

かなり前から眼をしかめるのが気になっていた。
学校の眼科検診では詳しい事がわからない。

眼科に行こうと思っていたのだが
なかなかタイミングが掴めず後々になっていた。

思い切って行くと、
眼科は意外と混んでいる。
どうやら検診の時期らしく
検診待ちで一杯だった。

そして、待つ。
とにかく待つ。

50分近く待って検査となった。
しかし、簡単にはいかない。
先ずは機械。
顎が乗せられない。
額を付けられない。

「もっとこっち」
と検査員は言うが、そんな指示が通るわけが無い。
「おでこを付ける。顎を前に出す」
指図していい足すと何とかポジションに持ち込めた。
が、肝心の眼はつぶったままだ。

「中のお空が見えるかな?」
「赤い星があるよ」
と言われると薄く眼を開ける。
「赤い星があります。見てください」
言うと何とか見ようとするが、
なかなか完全には開けない。

すったもんだの末、何とか終了。
其の後、通常の視力検査もしたが、
これも出来たのか出来なったのか微妙なところ。

診察を待つ間に娘の電話をして
家に居ないので、
鍵で家に入って待っているように伝えた。

その間、診断。
結果は驚くべき状態だった。

視力0.1

思った以上に進んでいる。
眼鏡が付けられるのかが問題になった。

検査用眼鏡で試してみたが、
外したがり継続での使用は難しいと思われる。
こうなると、眼鏡を使うかどうかだが、
放っておける状態ではない。

とにかく、作って見ないとわからないので処方箋を貰った。

そして、義姉さんお勧めの店で眼鏡を作ると、
思って以上に安く割り引きも受けられた。

眼鏡を取りに行くのは次の土曜日になる。


これから少しずつ眼鏡に慣れさせていく。
先が長そうだ。

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October 25, 2008

卒退園者の勉強会

小学生の保護者を対象にした勉強会が行われた。
何年、言い続けただろう。
ようやくここまで来た。

小学校に入ってからは学ぶ機会はおろか、
情報交換の場も、悩みをだらだら話す場も無い。
小学校に進学すると、途端に取り残されるのだ。

年に数回でもいい。
話し、学ぶ機会があるのは重要だ。
後は発達についての個別相談の窓口が出来る事だが、
それも検討中なので期待したい。


今回出席して、いろいろ話して聞いておもったのが、
あゆの子出身の保護者は話しやすい。
それは将来を起点にして考えているからだ。
中学の話をしたとしも
その先を踏まえたものになる。

だが、目先の目標しか持たない人だと目先の話題だけで広がりが無く
だんだんと何を話したらいいのか分からなくなる。
所詮、中学などは3年しかなく通過地点とみなすか、
親の欲目で行って欲しい所に行く事に終始するかで
論点がまったく変わってしまうからだ。

特に娘の件などがそうだ。
娘は特別支援学校に進学したが、
よく言われるのがどうして特別支援学級に行かなかったと言うことだ。

実力的には学級に行けたと思う。
親が希望すれば入れた評価でもあった。

だが、そこで通常学級からきた子達に追いつく事よりも
一つでも多くの事を身に付ける事を選んだと言うと、
あゆの子出身のお母さん方は「なるほど」と言ってくれるが、
たいがいは「行けるのにもったいない」と言われる。

たかだか一生のうちの3年間に「もったいない」という発想が
将来を踏まえた考え方からかけ離れている。

今回の勉強会で、自分の選択が悪くなかったと思えた。
社会に出る必要な能力は学力はあった方が確かにいいが、
絶対的なものではない。

さらには制度など、あゆの子にいた時よりもしたい事、
知らなくてはならない事など多くある。
むしろ、小学校に上がってからの方が重要になる。

こういった勉強会をもっと広げて欲しい。

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October 23, 2008

将来を考える

娘は中学1年生。
高校卒業まであと5年。
社会に出るまでもう幾ばくも無い。

社会に出たとき、
受け入れらるのか自立できるのか
何より、生きていけるのか。

現在の法のもときちんとした支援を受けて生活できるのか
親としては不安でならない。

真面目で言われた事に熱心に取り組む娘は
自閉症児にしては安定している。
だが、働くとなるといろいろ問題が起こりやすい。
今は言葉使いに注意をしている。

人の助けを一生必要とする子供達だから
人に受け入れやすくあって欲しい。

で、現在小学3年生の息子はと言うと
どうにもこうにも緊張感が湧かない。

彼は学校の縦割り班(1~6年生で構成される)にも
自主的に参加している。
言語、情緒、コミュニケーション、想像力、感覚、
全てに問題がありながらその性格のみで全てを乗り越える息子には
驚愕すら覚える。

そんな息子は
何と無く生きて行ってくれるような気がする。


将来を考えた時、本当に必要な力とは何か改めて考える必要がある。
娘は力はあるがコミュニケーションに問題がある。
息子はコミュニケーションに長けているが、作業的な力はまだまだこれからだ。

なかなか難しい。

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October 12, 2008

それぞれのお泊り

9月の第4週目に娘の宿泊があった。
2泊3日のその場所は勝沼で、
ハイキングやぶどう狩り、バーベキューを楽しんだそうだ。

行くのはいいが、
準備は大変だった。
小学校の時と勝手が微妙に違い戸惑った。
分類も細かく、量も多い。
更に言えば、体が大きくなっているのでかさ張る。

本人が出し入れ出来るようにしなくてはならないので、
入れ方も教えた。

学校にもっていくのも、大変だ。
大荷物を持って、朝の電車とバスに乗らなくてはならない。
電車はまだ良かったが、
バスはこの日は何時になく混んでいた。
電車に乗り、バス停まで見送ったが、
一緒に乗る事も出来ないほど混んでいた。

どうなるかと思ったが、
無事に学校に行けたようだ。


さて、お泊り準備の方が大変だった娘とは違い、
準備そのものはなれた小学校のお泊りは、気分的には(娘の時からを換算して)7回目。
と言え息子本人は3回目。
何より娘からも離れて本格的な始めての1人だ。

10月の第2週に向けて
学校に持っていくの荷物の準備も無事に済み、
最大の問題は本番だった。

朝、リックを背負って元気に家を出て行った。

が、2日目の夕方、担任の先生から電話が来た。
息子が熱を出したそうだ。
3日目はプール。
プール大好きな息子に見学させるのは可哀相なので
少々離れているがプールまで迎えに行く事にした。
それでも宿泊施設に行くよりかなり近い。
途中での帰宅は残念だが仕方がないと思った。

3日目の朝、先生から再び電話があった。
「どうしますか?」
と言うのも熱が下がったからだが、
下がり方が微妙だった。
36.9℃

食事の途中だったので、
その様子を考慮して結論を出す事にした。

しかる後、再び電話が来た。
「プールに入れます」
確固たる答えが来た。

よくよく聞くと、
先生から「ご飯を全部食べて、熱がなかったらプールに入ってもいいよ」
と言われた息子は猛然とご飯を食べたそうだ。
その後の検温も、36.9℃。
しかも、本人は先生の横でプールに入りたいと目で訴えているとの事。

更に息子は電話で「プール、入ります!」と直接訴えてくる。
もはや入れなくては納まりが付きそうもない。
幸い明日からは3連休だ。
熱がでたら寝てればいい。
「お願いします」
息子はプールにはいる事になり
お迎えは学校となった。


念願のプールに入った息子はご機嫌で帰って来て
その後、熱も出す事もなかった。

何はともあれ
無事終わった。

今回思ったのは『基礎体力は無理がきく』でした。

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